|
堂を出ると、中庭に面した回廊に出る。腕の中でむずがるミラを開放してやると、ミラはおぼつかない足取りで中庭に走り出た。
「わぁ――」 丸く大きな月の光が、津々と庭の木々草々に降っている。その足元は明るいと言っていいほど明るく、雲ひとつない空の方が、光を映すものがなく暗い。夜中のため咲く花はないが、それが余計に静寂の中にぴりりとした冷たさを伴って――つまり、とても美しかった。 光の中でくるくると踊るミラに、これはしばらく動きそうにないなとルカは諦めて、回廊の天蓋を支える柱に背を預け、座り込む。上着を貸してしまった体に、夜気はやはり涼しかったが、寒いとは感じなかった。思うより、飲んでいたらしい。 なおも庭の中へ入っていこうとするミラに、ルカは声をかけた。 「あまり奥へ行かないほうがいい。池があるよ」 「……」 だからそこら辺で遊んでいなさい、という意味の言葉だったのだが、ミラはくるりとルカの方を振り返ると、そのままぱてぱてと回廊へ戻って、ルカの隣に腰をおろした。 肩にかけたルカの上着にうずもれるようにしながら、ミラは言う。 「『私たち』は、気にいった?」 その言葉に、ルカはめずらしく面喰った。 「なに?」 「みんなねぇ、ルカにとっても会いたかったのよ。とっても、うれしかったの」 ふふふ、と笑って、ミラは続ける。 「大変だったのよ? たった一人で蘇芳城に乗り込んだのはどんなやつだったんだー、会わせろー、会わせろー、って。ガザが人払いなんてするから、もう暴れだしそうな勢いで」 「……」 「でね、あんまりうるさいから、あたしをずっと助けてくれてたのは王子様よ! って言ったら、みぃんな黙ったわ」 「――ミラ、それは」 ルカの言葉を切って、ミラは強く言う。 「うれしかったの。王子様のあんたが来てくれて、皆うれしかったの」 月の光を受けて、ミラの言葉は凛と輝く。 「王子様なのに、お城を捨てて、たった一人で、あたしたちを助けに来てくれて、とてもうれしかったの。お城の中で、ずっと安全に暮らしてきた人が、あたしたちのために来てくれたのが、うれしかったの。あたしたちのしてきたこと、しようとしてることが、ただのわがままじゃなくて、どんなに残酷で非道でも、どうしても必要な、真実の行動だって認められたみたいで、うれしかったの。――うれしかったの」 うれしかったの。そこに寄せられる、安心という感情。 ルカは、宴の席で感じた落ち着かなさの理由に気づいた。――それだ。 王宮の中にあって、ルカはずっと『裏切り者』だった。国の王子でありながら、倒国を決意していた。確かに、罪があったのは王や官らだったが、だからといって国を斃す権利をルカが授かっていたわけではけしてなかった。自分にあったのは、いずれ玉座に上がったその時に、治世の策として彼らを断罪すること、ただそれだけだったはずだ。 それを放棄して、階下から彼らに刃を突き付けることは、確かに裏切りだった。 嫌悪感と罪悪感。それらだけを抱えて、ルカはあの巨大な王宮の中ずっと独りだった。それが、ここはどうだろう。 ここには、自分と同じく国を倒そうとする人がいる。この裏切りを、「うれしかった」と讃えてくれる人がいる。そして、自らの行動に非道を感じる人々がいる。 ルカは、初めて自分と心を同じくする者たちと出会ったのだった。それが、照れくさくてうれしくて、なんだか落ち着かない気分だったのだ。 (うわぁ。ガザの言ったとおりじゃないか) ルカは、杯の底を知らない。けれど、ここに集まった連中だって、そんなもの見たことがないのだ。なんたってここの連中は、瓶で酒を呑むのだから。 抱えた膝に顔をうずめるようにして猫のような瞳でこちらをうかがうミラを、ルカはとても優しい気持ちになって見返す。 「皆は、私を気に入ったかな」 「わかんないの?」 「わからないんだ。今までずっと、私は独りだったから――」 次の瞬間与えられた柔らかな衝撃を、今度は避けることができたにも関わらず、ルカは甘んじて受けとめた。ミラは細い腕でルカの頭を抱き、その艶やかな黒髪に頬ずりしながら、子供をあやすような甘い声でささやく。 「よく、がんばったね。独りは、さみしかったでしょう? ルカ――ルカ。よくがんばったね」 耳元にかかる息が、熱い。 「独りはとってもさみしいもの。ね、さみしかったね。でももう大丈夫。私たちがいるわ。私も、ガザも、他のみんなも、皆ルカのそばにいるわ。もう、もうさみしくなんかない。でしょう? ――よくがんばったね」 そしてもう一度、がんばったね、とミラは言葉を紡ぐ。 思えば、こうして誰かの胸に抱かれることなんて、物心ついてからはなかったことに、ルカは気づいた。母が亡くなったのは七つの頃だったし、妻はこういうことが得意な人ではなかった。父にだなんて、畏れ多くて考えたこともない。 二十四年間、損をしたなあと、笑ってしまうようなことを思った。 「――明日からも、頑張らないとね」 「だいじょうぶ。みんなが仲良くしてくれるわ。……あ、でもヘラはダメよ」 「ヘラ?」 「宴会を出てくるとき、話してたでしょう。でも、ヘラにはクフがいるからだぁめ」 「クフって言うと……」 「竹馬」 「なるほど。うん、彼には敵いそうにないな。じゃあ、縄跳びの男は?」 「ロン? ロンはねえ、牛飼いなの。ほんとは闘牛のほうがうまいのよ」 「へえ。じゃあ他の――」 そこで見やると、ミラはルカの肩に頭を預けて寝息を立てていた。しっかりと喋るものだから醒めているのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。そういえば、言葉がどことなく幼かったな、とルカは小さく微笑みを落とした。 見上げれば、月はずいぶんと西へ傾いている。依然、堂の方からはにぎやかな声が聞こえてきていた。 えらくみっともないところを見せてしまったな、と思う。それをまだ気まずく思う自分は、まだまだ『彼ら』に慣れていないのか。 とにかく、ルカはとても温かいそれを抱き上げると、明るい声を背に歩き出した。 Thank you for 3000hit,AZUSA!! +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ということで、梓からの3000hitリク「『ストック』でほのぼの」完結編でした。 ストックでは、これが限界です!! 前半はシリアス、後半はなんだかいちゃいちゃ話してるだけ、という甚だお題に添えていない代物ですが、御容赦願います! ほんとは、もっと竹馬の人とか出てきてギャグっぽくなる予定だったんだけどネ……(結局ほのぼのではない)。 なんにせよ、3000hitありがとうございました! あんまり遅くなったので、お詫びにおまけ書いてみました。お約束な展開です。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ひどい頭痛で目を覚ますと、寝台のそばには、ヘラを始め昨日酌み交わした女たちが、ずらりとそろっていた。そして女たちは、ミラが目を覚ましたのに気づくと、声をそろえて言い放つ。 「昨日あれから、ルカとどうだった!!?」 ズバン! と盛大に音をたてて、ミラはルカが仕事をしている扉を開ける。いつもなら、先に声をかけて了承を取ってから開けるのだが、今朝にそんな余裕はない。 開けたそこでは、何やら小難しそうな書簡に囲まれたルカが、驚いた顔でこちらを見ている。もちろん、音に驚いたのだろう。 「あ、ああああの、ルカ――」 「ミラ。……おはよう」 「お、おはよう」 室まで乗り込んだはいいが、いざ本人を目の前にすると、どう言葉にすればいいのかわからない。背中では女たちがきゃいきゃいと押してくるし、ルカにはどうした、と首を傾げられるが、あの、えーと、など唸り声があがるだけ。 (だってだって、どう聞けばいいっていうのよー!! 『あたしたち、いくところまでいっちゃった?』なんて、言えるわけないじゃないのー!!) ヘラたちによるとである。昨日酔っぱらったミラのお色気攻撃により、ルカは陥落。盛り上がりだしたところの宴をそそくさと抜け出し、ヘラ等が止めようとするとミラを抱きかかえて寝室へと入った、ということだ。その後遅くまで、ルカは自室に帰らなかったらしい。 (ぜんっぜん何にも覚えてないってのよー! 体だって何ともないし。それって、そういうもんなの? あ、それともルカがすっごい上手とか――って、そうじゃなくって! でもでも、起きたとき、なんだか知らないけどあたし、ルカの上着抱いてたのよね……。やっぱりそれってそういう……。えー! ほんとに何も覚えてないのよ!! もったいないことした――って、そうじゃなくって!!) 「あの、ミラ」 「!!!!」 心配そうに、ルカが顔を覗き込んでくる。 目前には、ルカの整った顔。背後には、興味津々な女たちの圧力。とうとう耐え切れなくなって、ミラは叫んだ。 「あたし昨日、どうだったの!!?」 その場に、沈黙が落ちた。ミラは肩で息をしながら、女たちはぐっと息をつめて、全員がじっとルカに視線を注いでいる。 突然のことに唖然としていたルカだったが、しかし、ミラと女たちのそれぞれに上気するその様子から全てを了解し、意地悪くもそれは魅力的に微笑むと。 「とても、可愛かったよ。あんなに情熱的に慰められたのは、初めてだ。……昨夜のことは、きっと一生、忘れられないな」 女たちから、月をも落とすような嬌声が上がったのは、言うまでもないことである。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ |
|
目の前で繰り広げられる、百鬼夜行もかくやという惨状――もとい蘇芳城攻略を祝った宴会に、ルカはその形のよい目を瞬かせた。これが、堅固な守りを持つ城壁で勇猛果敢に戦った志士たちだろうか。疑わずにはいられない。
男が脱ぎ、女が踊っている。皆がそれを囃し立て、空になった酒瓶や器が、人と人との間を埋めるように放り出されている。顔を真っ赤にした男や女が、ふらふらとした足取りでやってきては、ルカの杯にどぼどぼと酒を注ぎ、上機嫌で去ってゆく。ふと下座の方に目をやると、どこから持ってきたのか、竹馬に乗った男と縄跳びを構えた男が決闘を始めようとしている。 なるほど、席には刀剣を持ち込んではならないというのはこのせいらしい、とルカが力のない笑みを浮かべていると。 「何だ、酒は苦手か」 隣に、ガザがどかりと腰を下ろした。握った瓶から直接酒を呑んでいる。 「いや、好きな方なのだけど」 「じゃあ飲め」 そう言うと、まだ並々と酒の入っているルカの杯に、構うことなく自分の瓶から酒を注いだ。当然、杯の縁からこぼれたのを見て、ガザは、あっはっは、もったいねえ、と愉快そうに笑ってルカの肩を叩いた。酔っている。この男、見かけによらず、強いというわけではないらしい。 杯の表面を揺れる酒を、こぼさないよう器用に飲みながら、ルカはぽつりと零す。 「……ここは、いつもこんな感じか」 ああ? と、ガザは空になった瓶を逆さに振りながら、ぞんざいに答える。竹馬対縄跳びの決闘が気になっているらしい。ちょうど竹馬男が縄跳び男の足払い(もちろん縄による)を見事にかわしたところで、わあっと歓声が上がっていた。 「宴なんざ、そうしょっちゅうできねえよ」 「そうではなくて。……にぎやかだなと、思って」 「そうか。まあ、喧しいがな。人が寄れば、そんなもんだろう?」 同意を求めて、ガザは視線をやる。ルカは曖昧に頷いて、誤魔化すように、膝元に転がっていた杯を拾った。それをガザに渡すと、上座で開催されている喉自慢に今しがた参加しに行った男が置いていった瓶から、酒を注いでやる。 人と酒を酌み交わすのは、けして嫌いではなかった。ただ、あの王宮の中で行われる宴を、ルカは好まなかった。 そこで交わされる酒は、どす黒いものを伴っていたから。 綺羅綺羅しい杯に注がれた高い酒の陰で交わされる密談。袖から袖へと滑る金の菓子。それらを横目で見ながら、なおも揉み手で擦り寄ってくる豚に微笑みで応える王。ぜひ見せたい名画があるだなどと言って、しきりに邸へ呼びたがる男もいた。ついて行った先に待っていたのは、名画ではなく、夜着姿で三つ指をついた娘であったのだろうと思う。 入れ替わり立ち替わり、太いつるりとした指が運んでくる酒で、ルカは杯の底というものを見たことがない。 ルカの知る宴というのは、そういうものだった。だからだろうか、どうも落ち着かないのは。ここは、かの場所と千里も離れているのに。 正体不明の焦れを笑みでごまかしながら、もう一献、ガザに捧げた。それを受けて、ガザが言う。 「なんだ、苦手なのは、酒じゃなくて人か」 「そんなことは――」 「ああ、そうか。違うな。お前、人に慣れてねえのか」 ――人に慣れてない? 私が? あまりにさらりとした一言に、ルカは一瞬言葉を詰まらせた。次いでまさか、と言おうとして、しかしそれは、柔らかな衝撃に阻止された。 「るぅ――――かっ!!」 ミラが、背中に突撃してきたのである。耳元にかかる息が熱い。 「ミラ……」 「もう、なぁにシケたツラしてんの! さあ、飲んで飲んで」 そう言って、ミラは肩越しにルカの杯へ酒を注いだ。どぼどぼと勢い余って酒がこぼれるのを見ると、あっはっは、もったいない、と愉快そうに笑った。言うまでもないが、酔っている。 ルカがため息をつくと、ミラはおもむろに瓶を置いて、くにゃりと不審なポーズをとった。 「どう?」 「何が」 見れば、胸元の合わせの釦が、三つほどはずされている。更にくにゃりと身をゆがませて。 「悩殺」 一体、私にどうしろと。頭痛を覚えて、ルカはこめかみに指を添えた。悪酔いするには、まだ早いはずなのだが。 「まったく、どうしたって言うんだ」 「ふん? 『ルカは初心そうだから、こうやって迫ればイチコロよ』って、姉さんたちが。ね、どう?」 終には女豹のポーズをとり出したミラの視線の先をたどると、そこにはミラよりいくらか年上のような女たちが、赤い唇でクスクスと笑っている。彼女らの入れ知恵らしい。 ルカは、更にため息をついて上着を脱ぐと、それをミラの肩に掛けてやり立ち上がった。 「さあ、もう君は寝なさい。部屋まで送ってやるから」 「えぇー、やぁよぅ。まだちょっとしか飲んでないのにぃー」 「十分だ。明日がつらいぞ」 ぐずるミラを何とかあやして立ち上がらせる。そういえば放り出す格好になったが、ガザはどうしたのだろうと見回すと、もはや辺りにガザはおらず、瓶を――それはルカが拝借したものとはまた別の瓶だった――高らかに握って、堂の対極で人の中に埋もれていた。こちらに気づく様子はない。 一声かけようかと思ったのだが、諦めて堂を出ようとすると。 「ねえ」 背後から声をかけられた。振り返ると、先ほどの女たちの一団である。声をかけてきたのは、中で一番年上らしい女だった。一同は、興味津々のきらきらした目でこちらを見ている。先の女が、また言う。 「可愛いからって、何もしないでやってよ、坊や。その子、酔うとみんな忘れちゃうんだから」 女は、二十歳を少し越えたところだろうか。どうであれ、彼女のほうがルカより年下だろう。我ながら、勘違いされても仕方がないとは思うが。 「そうだな」 そう言って、ルカはふらふらと行ってしまおうとしているミラを、ほとんど抱くようにし引き寄せると。 「努力しよう」 ミラの額に頬を寄せ、女たちに向ってにっこりと微笑んでやる。そしてそのまま、足元の定まらないミラを抱えあげると、女たちに背を向けて歩き出した。女たちは一瞬ぽかんと呆けた後、誰よ、ちょろいなんて言ったの! と声を上げた。 そんな少女たちの様子を背中で聞いて、可愛いなとルカは笑い、堂を出た。 ずっと、人の中で生きてきたのだ。このくらい、お手の物だ。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 梓から貰った300hitリク「『ストック』でほのぼの」前編です。 長くなりそう&いつまでたっても消化できないということで、半分だけupしました。 現段階で、ほのぼのになりそうにありません!! 考えても考えてもシリアスになるのです!!(涙) いや、後編は、もうちょっとほんわかあったかい話になる予定なんだけど……。 まあ、そういうことで、もうちょっと待っててください。 |
|
その日その時間、その場所を大木そよが通ったのは、本当に偶然だった。
手が足りないという教室の掃除に付き合って、その後もめずらしく教室に残って話し込んでいたら、この時間になった。その話していた相手が生徒会に顔を出さなくてはいけないと言うので、そよは話を切り上げて教室を出た。 五時を過ぎた廊下は、人通りもなくしんとしている。校舎の反対側から聞こえる吹奏楽部が練習する音が、余計にさみしさを演出する。 いつもの時間なら、下校する者や部活に向かう者でごった返している場所だ。それが、たった三十分ほど遅いだけでこの静けさ。 部活、何か入ろうかな。パタ、パタと広い廊下にスリッパの音を響かせながら、そよは思う。 高校に入学して、もう半年を過ぎた。四月の入部シーズンを逃してから、そよは部活に入れていない。中学の時も帰宅部だったし、今も特に気になる部活もないから、今まであまり考えたりしなかったけれど。こういう状況に出会うと、考えてしまう。 このまま一人で家に帰って、おやつ食べて、テレビ見ながらお母さんと話して。夜になったら、することもないから勉強して。それだって、超難関大学を狙ってのものではないから、簡単な予習と復習だけで。部活に打ち込むことも、バイトに精を出すことも、勉強に励むこともなく毎日を過ごすのって、すごくもったいないことなんじゃないか? 今まで、気付かずにきたけれど。 は、とそよは息を吐く。つまらないことをしてるなぁ。こんなことを考えるくらいなら、とりあえず何か始めてみればいいのに。 知らない間に俯いている自分を叱咤するように頭を振る。すると、少しだけ浮上した目線に、美術室の扉が入る。いつもは閉まっているその扉。それが、今は開いている。 先ほどの、とにかく何かを、という言葉がまだ尾を引いていたのかもしれない。視線を、開けられた扉のその向こうに進める。なぜか足音を潜めて、一歩を踏み出す。 そこには、閉め切られた窓から斜めに差し込む西日を浴びながら、こちらに背を向け、ただひたすらカンバスと向き合う男子生徒がいた。そよが教室に入っても、振り向かない。気付いていないのか。 津島くん、だ――。わぁ、意外。 そこにいたのは、クラスメートの津島創平だった。 津島創平という少年は、朝のホームルームから授業中、昼休み、そして帰りのホームルームまでいつ見ても寝ているという問題児だった。そよは、津島が起きている姿というのを、四月から合計しても五時間ほどしか見ていない。 その津島が、こんな時間こんな場所で、真剣に絵を描いているなんて。意外以外の何ものでもなかった。 何を描いているのか見たい、とそよはカンバスに近づく。――と。 「何?」 その声は、唐突にあがった。津島が、唇だけで言葉を発する。 「わ、気付いていたの」 「そりゃ」 「静かに入ってきたのに」 「それまでの足音が大きかったから、大木さん」 津島の言葉は素気ない。それでも、私のこと知っているんだ。なんとなく、誰かもわからず話しかけたんだと思ってた。少し、嬉しくなるのを感じる。 「ねえ、何描いてるの?」 「何に見える」 津島は、筆を休めることなく聞き返した。そよは、津島の肩越しにカンバスを覗き込む。それは、目の前の窓から見える中庭に三階ほどの高さまで水が張られ、その中に虹と流れ星とアマガエルをぶち込んだような絵に見えた。 「津島君、いつもここで絵を描いてるの?」 「時々」 「それ以外の日は?」 「バイト」 「あ、遅くまでバイトしてるんでしょう。だから、授業中寝てるんだ」 「まぁね」 「お金、何に使うの?」 「画材」 津島は気にした様子もなく、少しだけ顎で傍らに置いたチューブを示して、またひたすらにカンバスを塗る。 視線は窓の外と筆の先を行き来し、筆はカンバスとパレットを行き来するだけだ。今、黒の絵具をたっぷりと含ませられた細い筆が、中庭の水槽の中に思い悩むオタマジャクシのようなねじれた人影を創り出した。 その様子に、そよは感嘆のため息を吐く。 「いいなぁ、津島君」 「……?」 「そんなに、夢中になれることがあるの」 「……」 その言葉に、初めて津島は答えなかった。そよも続ける言葉がなくて、その場に沈黙が落ちる。 呆れられたのだろうか。いきなり、こんな話を仕掛けて。こんな情けない話、津島にとっては迷惑でしか――。 「大木さんが、うらやましいな」 唐突な、しかも予想していなかった言葉に、そよは耳を疑う。 「え?」 「だから、大木さんがうらやましいって」 「な、なんで」 「勉強できてスポーツできて、クラスの輪の中心で、教師にも好かれて。でも嫌味なところはなくて。おまけに美人」 「なっ……」 余りのことに、今度は言葉を失う。一方津島はというと、やっぱりカンバスから目を離さないまま、平然と座っている。 「そっ、そんなの、全然うらやましがることじゃないよ! 勉強も運動も最低限精一杯やってるだけだし、クラスの皆がいい子なだけだし、そんな美じっ――」 「うん。俺もそう思う」 そう言った津島は、やはり動かないままだったが、声の調子が幾分こちらを向いていた。 「大木さんが、それをうらやましいって言われても、違うって答えるように、俺も、絵描きたいって思うことをうらやましがられることだと思わない」 津島はそう言って、ほんの少しだけ筆を止め、またすぐに、カンバスの中の向かい側の窓に薄い人影を一つだけ描いた。津島はそうやって、少しずつ絵に手を加えていく。この絵はもう完成に迫っているのだろうが、それでもまだ、何の絵なのかそよにはわからない。そういうものなのだ。 「うん……そうだ。――そうだね」 津島の筆が動いたり止まったりするのを見ながら、そよは頷く。 一人で何度も頷いてから、よし、と心の中で気合いを入れる。そうして、そよは津島に声をかけた。 「ありがとう。私、もう帰るね。じゃあ、また――」 「――」 また、来てもいい? と言いかけて、そよは言葉を切る。 そう問えば津島はたぶん、好きにすれば、と答えるだろう。けれど、津島はそういうのを嫌うのではないだろうか。彼は、追いたいものを見つけたからここにいるのに。彼の邪魔になるのなら、彼の意に反することを言わせたくない。 どうしよう、とそよが口を閉じられずにいると。 「ねえ」 津島が、椅子の背越しにこちらを向いた。 「俺はずっと自由だったよ。あんたが縛られてるって意味じゃないけど」 津島は、カンバスを見つめていたのと同じ色の目でそよを見ている。ああ、私は今、津島と向き合っているんだ。 「うん」 頷くと、何もなかったかの様子で津島は元の位置に戻って、またカンバスに筆をつける。 「絵、できたら教えてね。見たいの」 「明日にはできると思うけど」 「じゃあ明日、来ていい?」 「お好きにどーぞ」 「じゃあ、明日」 そう言って、そよは津島に背を向けて教室を出る。最後扉を閉める時に、津島の向こう、静かに津島を受け入れ続けるカンバスに目をやった。 悶えるようだったオタマジャクシの頭の辺りに、睡蓮の花が咲いていた。 Thank you for 2000hit,saya!! +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ということで、sayaからのリクエスト「素敵な恋愛もの」でした。 素敵っていうか、それ以前に恋愛……? いや、一応私の中では恋愛なんですよ、この二人は。実はこの話、あるシリーズの中の一場面なのです。だから、本格的に恋愛になってくるのはこれからなのです。(だめじゃん) ……いや、恋愛ものなら他にも考えてるのはあったんですけど、いかんせん不健康だったりあやしげだったりするもんで……。一番清純そうなのが、これだったのですよ……。 まあそんな感じですが許してね、saya! 誤字・脱字、気に入らない部分があったら直すので言ってね。 |
|
青い青い空に引っぱられて
意味もなく走る川沿いの堤防 もうちょっとで追いつけないお前の背中には 明日へと飛び立つ翼がある この先の海がこの道のゴールだけれど そんな所で止まるなよ 意味があるのはその先だ! いつかお前は 僕をおいてゆくのだろう 息きらす僕を振り向くカオが、それをおしえてる いけよ大空へ 振り向いてるヒマなんてないだろう? 行けるとこまで行ったなら きっと僕が、追いついてやるから テトラポットの上を器用に跳んで 一番海ぎわで僕をまっている お前のビーチサンダルにはどんな秘密があるのか 僕は途中で裸足になっていた 「海はなんて広いんだろう」 お前が言うなよ 海じゃ狭すぎるんだろう? いつかお前は 遥か彼方へ飛んでゆくのだろう 水平線のその先には何があるのかさがしてる いけよ大空へ サンダル海に放ったら 両手広げ地球蹴って すべて解き放ってしまえ いつかお前は 僕をおいてゆくんだろう それでも僕は Thank you for 1000hit,ASUKA!! +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ おおお待たせしました、明日香ちゃん!! 1000hitのリク「雑短文」でした。 ごめんね。遅い上に私の趣味丸出しなものになっちゃって。 お持ち帰りは明日香ちゃんのみで、よろしくお願いします。 で、これからのキリ番なんですが、適当に申告してもらえたら 嬉しいです。 1000の倍数、ゾロ目、私が喜びそうなゴロ合わせなどなど。 踏んだぜー!とか、踏んではないけど限りなく近い数字を踏んだよ! とか、まあ話題にはすると思うんですけど、バンバン言っちゃって ください。 前にも書きましたが、雑短文・ショート・絵などで。 絵も、パソコン復活したのでなんとかなりそうです。 あと、お題をつけてもらえるとありがたいです。 ってゆーかね、最近何をかこうか思いつかないんですよ……。 それで、なんかすっごくあつかましいんですが、人様に提示して もらおうかな……と…………。 あの、そのまあ、アレなんですが、今後ともよろしくお願いします。 |
|
| ホーム |
|


